第二篇「公法」は、「第一章 国民ノ権利」から成り、36の条文で構成されています。
この章では、「日本国民ハ各自ノ権利自由ヲ達ス可シ他ヨリ妨害ス可ラス且国法之ヲ保護ス可シ」(45条)という条文が掲げられています。国民はそれぞれの権利・自由を達成しなければならない、他から妨害してはならず、国の法律はその権利・自由の達成を保護しなければならないという規定です。五日市憲法草案の「法の精神」とも言うべき、全体の根幹となる条文です。
この45条につづけて、28か条にわたって国民の権利が条文化されています。 主なものを列挙すると、国政に参加する権利(46条)、法律の下での平等の権利(47条)、身体・生命・財産・名誉を保護する権利(49条)、思想・言論・出版の自由(51条)、信教の自由(56条)、集会・結社の自由(58条)、親書の秘密を侵されない権利(59条)が定められています。 このように、基本的人権を守るための条文は他の私擬憲法草案と比較しても群を抜いて具体的かつ詳細です。
また、その法律の実施以前の事項にさかのぼって法を適用されない(不遡及の原則)権利(50条)、一度処罰が決まった事件については再び罪を問われない(一事不再理の原則)権利(65条)、裁判官が署名した文書がなければ逮捕されない権利(66条)、国事犯(政治犯)に死刑は宣告されない権利(71条)などの条文も見られ、被疑者、被告人の人権を保護する規定は、類例がないほど手厚く定められています。
さらに「第二篇 公法」の条文の内容が、「第五篇 司法権」の規定によって補強されているものがあります。 例えば第二篇の国事犯の死刑に関する規定、「国事犯ノ為ニ死刑ヲ宣告サルルコトナカル可シ」(71条)は、第五篇で「国事犯ノ為ニ死刑ヲ宣告ス可ラス」(194条)と言い直されています。
同様に財産所有権については、「凡ソ日本国民ハ財産所有権ヲ保固ニス如何ナル場合ト雖モ財産没収セラルルコトナシ」(62条)が、「如何ナル罪科アリトモ犯罪者ノ財産ヲ没収ス可ラス」(200条)となり、「侵害されることはない」と受身的に定められていた権利が、「決して侵害してはならない」と強く禁止する形で再び条文化されているのです。
このような二重の規定は他の私擬憲法草案にはなく、五日市憲法草案の特色のひとつといえます。法律的には稚拙な構成・表現と捉えられることもありますが、起草者である千葉卓三郎が逮捕・投獄の際に受けた非人道的な体験や、集会条例による取り締りの強化など、当時の民権家たちが抱いていた危機感から導きだされた、強い人権保護意識の表れであると考えられています。
『三多摩自由民権史料集』上巻 色川大吉責任編集 大和書房 1979年