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民権家たちの漢詩について

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民権家たちの漢詩について

深沢権八の漢詩制作は、自由民権運動の最盛期でもある明治13(1880)年ごろから始まっています。そして、明治23(1890)年に亡くなるまでの10年間で700首以上の漢詩と、17冊もの自選・自編の漢詩集を残しています。
 五日市では、権八を中心に、漢詩制作グループがつくられていました。作品集をみると、寄稿している人たちの多くは自由民権運動の担い手であることもわかります。
 彼らにとって漢詩をつくることは自己表現であるとともに、同じ志を持つ仲間との交流でもあったのです。

     

如蘭余薫

深沢権八(号:武陽)を中心にした漢詩制作グループの作品集。
 寄稿者には、千葉卓三郎(号:天舟)のほか、五日市勧能学校校長、永沼織之丞(号:柏堂)、北多摩の民権家、吉野泰三(号:雲外)、自由党副総理、中島信行(号:長城)、相州の自由党幹事、佐藤貞幹(号:臥牛)らの名前が記されており、漢詩の制作活動と自由民権運動との密接なかかわりがうかがえます。

     

鷺約鷗盟集

漢詩制作グループの作品集。寄稿者の表には、号と出身地が記載されています。
 これを見ると、深沢権八、吉野泰三、佐藤貞幹のほかは、利光鶴松、蒿地堯平(大分)、油井守郎、伊東道友(仙台)、中島元懲、竹村美雪(近江)、久保田久米(三河)、赤星晃(福岡)など、全国から五日市へ集まってきた寄留者たちです。
 自由民権運動が盛んだったこの時期、広く門戸を開いて他所の地域の人たちを受け入れていた五日市という場の存在が浮かびあがってきます。

     

〔自作漢詩集〕

深沢権八による詩集。
 千葉卓三郎が死去した際につくった「悼千葉天舟」と題された七言律詩が収録されています。大沼沈山、菊地三渓ら漢詩の師匠たちによる添削指導が赤字で書かれています。

     
参考文献 
   『新編 明治精神史』 色川大吉 中央公論社 1973年
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